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〜JCFN20周年記念誌より〜

米国における留学生宣教ムーブメントとリエントリ(帰国)ミニストリーの発展の歴史的状況の中でのJCFNの誕生
レイトン・チン
はじめに:
JCFNは1990年から1991年にかけて誕生した団体です。それは、米国において留学生宣教ムーブメントと留学後の母国へ帰国する際のフォローアップの働きの分野が、ともに発展成長していた時期でした。この記事では、JCFNが誕生した背景にある、この二つの働きの歴史的発展に焦点を当てたいと思います。
米国留学生宣教動の発展成長
米国留学生宣教100年の歩み:
2011年はJCFN発足20周年であるばかりでなく、アメリカでの留学生宣教発足100周年を覚える年でもあります。ジョン・R・モット氏は、10万人の学生を擁する『学生奉仕運動(SVM[i])』の宣教ネットワークの主要なリーダーとして、また世界的に有名な1910年に開かれた英国エジンバラ世界会議の議長として、その名を知られています。(このエジンバラ世界会議の100周年記念として、東京で世界宣教東京大会、南アフリカでケープタウン2010[第3回ローザンヌ世界宣教会議]、英国でエジンバラ2010の式典が催されました。)
モット氏は、YMCAの世界的発展に貢献した指導者としてもよく知られており、ノーベル平和賞を受賞しています。しかし、そのように著名な彼が1911年に留学生友好関係委員会(CFR[ii])と呼ばれる米国内初の留学生宣教の発足に関与していたことは、ほとんど知られていません。1911年4月、CFRが活動を開始したとき、アメリカには415人の日本人留学生がいました。彼らの多くは、熱心に学位を習得し、日本の発展のためにその訓練を役立てたいと強く思う人たちでした。しかし、多くの学生たちはアメリカの日常的な生活習慣を理解し、取り入れることに困難を覚えていました。CFRの宣教初期時代は、そのプログラムを用いて日本人留学生に貢献することを最優先としてきました。時代と共に組織や組織の活動方法が変化し、1965年には「留学生サービス(ISS[iii])]と名称を変えました。
1950年代~1970年代:
1950年にいたるまでの40年間におけるCFR/ISSの貢献は、非常に質の高い賞賛に値するものでした。当時アメリカでは、おそらく唯一の国際学生向けの宣教活動団体であったと思われます。そして1952年、著名な宣教師政治家、ディビッド・アドニー氏の指揮の下、キリスト者学生会(IVCF[iv])が留学生宣教の一部門として働きを始めました。翌1953年には留学生伝道団体であるISI[v]が発足、1955年には南部バプテスト連盟による留学生宣教がそれに続きました。1960年代には中国人留学生のためのアンバサダーズ・フォー・クライストが発足し、キャンパス・クルセードにおいて留学生宣教活動を展開してきました。1977年には国際ナビゲーターが、1978年にはケンタッキー州マンハッタン市でHIS[vi]が、それぞれ留学生の間で宣教活動を開始しました。
1981年~1991年におけるACMIと他の留学生宣教:
JCFN発足に至るまでの10年間は、米国において多くの新しい留学生宣教が急成長した時期でした。その中でも、1981年にもたれた留学生宣教の初の全国協議会は、最も意義のある出来事だったと言えるでしょう。そこには当時活動していたほとんどの宣教団体が集合し、留学生伝道協会(ACMI[vii])として継続的なネットワークが結成されました。ACMIは30年にわたり、留学生宣教のスタッフやボランティアの研鑽のために協議会を催してきました。1980年代に発足された留学生宣教団体には、留学生フレンドシップミニストリー[viii](1981)、米国長老派教会改革派留学生フェローシップ[ix](1983)、保守バプテスト教団キャンパス・アンバサダーズ[x](1984)、オレゴン州ポートランドの留学生宣教連合体FOCUS(1985)、中国人留学生および留学生宣教スタッフを含む中国伝道団体(COM)[xi](1988)、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団カイ・ルファの留学生部門[xii](1989)、ホライズン・インターナショナル[xiii](1990)、インターフェイス・ミニストリーズ[xiv](1991)、そしてサウスカロライナ州コロンビアのヒズ・インターナショナル[xv](1991)などがあります。
JCFN誕生に先立つ日本人留学生の増加:
JCFN発足に先立って留学生宣教団体の数が増加していっただけでなく、当時はアメリカへ来る日本人学生の数も増加していました。1971年から91年までの20年間を見ても、1971年には4,223人だったのが1981年には14,020人、さらに1991年には40,700人と、大幅に増加しています。
時が熟して:
JCFNの働きが生まれたのは、まさに時が熟してのことでした。留学生宣教団体の数が増え、日本からの学生が増し加わるとともに、神の恵み、福音、イエス・キリストに、応答する日本人留学生が著しく増加していきました。1990年から2000年の10年間で、日本はアメリカに留学生を送り出す国ランキング1位ないし2位となりました。
日本人留学生がイエス・キリストに従う者となるという幸いな報告がなされる一方、帰国後彼らが、キリスト者の交わりを見つけることが出来ない、そこにうまく適応できない、そしてキリストから離れてしまうという悲しい報告も出るようになりました。誰が帰国する日本人学生をサポートできるのでしょうか? 帰国者のために何らかの資料を提供してくれる留学生宣教団体もいくつかありましたが、リエントリ準備のためにはまだまだ多くのことがなされる必要がありました。
神の導きの中、1980年代後半にもたれたコンファレンスで、ネッド・ヘイル氏(IVCFUSA留学生宣教部前会長)と私は湯に浸かりながらブレイン・ストーミングをしていました。その結果、一つのアイデアが与えられました。それは、アーバナ宣教大会[xvi]の直後に、特に帰国者に焦点を当てた留学生ポスト・アーバナ宣教大会[xvii]を開くことでした。このアイデアが実現し、その結果としてJCFNが発足したことを神に感謝します。
米国における帰国者/リエントリの現状に対する理解の成長とリソースの発展:
1991年にJCFNが発足した当初、留学生のリエントリと帰国者ミニストリーについて、どれだけ理解されていたでしょうか? 留学生のリエントリについてはまだほとんど知見がなく、意識的に行う帰国者ミニストリーに至っては、事実上存在しないも同然でした。
日本人留学生帰国者に関する初期SVMにおける記録:
「帰国者」や「リエントリ」という概念は、 1990年代後半になって浮上してきたものでした。しかし、1900年代初期のSVMの報告書や他の宣教書を見ると、そこには、日本人(や中国人)学生が、西海岸や他の地域で人種差別などを受けたことによる悪影響についての懸念が、多く言及されています。この懸念は、彼らが帰国後、指導的な地位に着いたとき、米国に対してどう思い、感じるだろうかというものでした。米国に対する敵対心という懸念は、のちに真珠湾攻撃に際して帰国者が重要な役割を果たしていたことで立証されています。100年前の帰国者についてのもっぱらの関心事は、帰国学生が米国に対していかなる有害な影響を与えうるかということであり、帰国者が積極的に国家建設に携わり、かつ王の王であるお方の大使となるために備えるというものではありませんでした。
カルチャーショックと逆カルチャーショック/「リエントリ」:
「カルチャーショック」という言葉は、1950年代後半から1960年代初期にかけて、一般的に用いられるようになりました。これは、新しく、また異なる文化に触れ、生活する時に生じる感情やストレスを表します。「自分は異国人だ」という感覚、「その国について無知であり、混乱している」という感覚です。アメリカへ行こうとする学生は、新しい国とその国民に対する違和感、相違に遭遇することを予測していたでしょう。しかし、その同じ学生が外国での学業を終えるとき、心にあるのは懐かしい自国への幸いな帰国だけではないでしょうか? 多くの帰国者が、アメリカに滞在していたときのカルチャーショックよりも、もっと大きな『逆カルチャーショック』を経験するとは、大きな驚きです。他の帰国者も海外在住を終え、同様な感覚を経験し、自分自身の国でよそ者であるような経験をします。この現象は、1970年代には『リエントリ』と称され、1970年代から1990年代にかけて、NAFSA[xviii]が、留学生のリエントリと帰国学生の母国での就職に関する諸問題に対処するための原動力となってきました。
1983年~1993年のリエントリに関する資料と関連出版物:
1983年までは、「リエントリ」についての多少の記事はあったものの、書籍は出版されていませんでした。リエントリの実態を一般社会に知らせるにあたり、その立役者となったのは、アビリンクリスチャン大学のクライド・オースティン博士です。オースティン博士は、1983年に『異文化間リエントリ注釈文献』[xix]を出版し、1986年に「リエントリのバイブル」とも言うべき『異文化間リエントリ読本』[xx]を出版しました。1984年には、リサ・エスペネリ・チン女史が『シンク・ホーム(Think Home)』[xxi]を著しました。これは、クリスチャン留学生のリエントリに関して書かれた最初の書物です。NAFSAは、チン女史による『リエントリ/プロフェッショナル・インテグレーション:NAFSA/A.I.D.プロジェクト・グラント・サマリー・リポート 1974-91』 [xxii] (1991)と『留学生リエントリ:厳選注釈文献』[xxiii](1992)の2冊を出版しています。1993年には、国際ナビゲーター留学生宣教の推進者であるネイト・マーザ氏が『ホーム・アゲイン:留学生が彼らの母国でキリストに仕えるためにどう準備するか』[xxiv](2005年改訂)を著しました。
JCFNが始まったころは、リエントリ関する本(一般的なリエントリについても、留学生のリエントリに特化したものも)が出版されるようになって、まだ十年も経っていませんでした。JCFNの発足後、『シンク・ホーム』の改訂版がいくつか、他の宣教団によって数カ国で出版されました。また、近年になって出版された帰国に関するクリスチャン向け書籍には、ISIによる「ニューホライズン」[xxv](2008)、海外キャンパス伝道団[xxvi]による中国人のための「帰国者ハンドブック」[xxvii](2009)、IVCF/USA留学生宣教部による「バックホーム」[xxviii](2011)及び「アメリカに来て、自分の母国に帰る」[xxix](2011)、などがあります。
留学生宣教世界ネットワークへのJCFNが果たした貢献に対する評価:
JCFNは、留学生をリエントリに備え、また帰国者をサポートするという働きにおいて、また受け入れ側となる母国の教会とのネットワーク構築において、世界各地の留学生宣教にとって励みとなる良い模範となってきました。現在でもそうです。JCFNの過去20年の経験から得られた知見は、米国に多くの留学生を送り込んでいる中国、インド、韓国などの国にとってきわめて貴重であり、応用可能なものです。黒田(現・清水)摂総主事が帰国者ミニストリーの専門家及びリーダーとして、I-CARE(2008年)、ローザンヌ・アジア太平洋地域留学生伝道コンサルテーション会議(2009年シンガポール)、そしてローザンヌ第3回世界伝道会議ケープタウン2010といった国際レベルの宣教戦略会議において、JCFNの話しを分かち合うことができたのは、実に重要で意義あることでした。
神の特別な恩寵の中、1990年の留学生ポスト・アーバナ宣教大会で、帰国する日本人クリスチャン留学生をサポートするミニストリーを開始すべく、何人かの学生がこのヴィジョンの実現のために一歩を踏み出しました。彼らの信仰と勇気は、確かに多くの実を結び、神の栄光を現しつつ今後さらなる実を結んでいくことでしょう。
レイトン・チン氏はACMIの前議長であり現在ACMI主事としてグローバルネットワーキングに従事している。また、ローザンヌ世界伝道会議スペシャルインタレスト留学生伝道委員会委員長として働き、世界福音同盟[xxx]の委員でもある。また、米国宣教連合のエスニック・アメリカ・ネットワーク[xxxi]において留学生宣教活動の代表でもある。
[i] Student Volunteer Movement
[ii] Committee on Friendly Relations Among Foreign Students
[iii] International Student Service
[iv] InterVarsity Christian Fellowship
[v] International Student, Inc.
[vi] Helping International Students
[vii] Association of Christian Ministries to Internationals, a.k.a. Association of Christians Ministering among Internationals.
[viii] International Friendship Ministries
[ix] Reformed University Fellowship-International of the Presbyterian Church in America
[x] Campus Ambassadors of the Conservative Baptist denomination
[xi] China Outreach Ministries (formerly Chinese Overseas Christian Mission)
[xii] Chi Alpha
[xiii] Horizons International
[xiv] InterFACE Ministries
[xv] HIS International
[xvi] Urbana Missions Convention
[xvii] Post-Urbana Conference for International Students
[xviii] NAFSA: Association of International Educators
[xix] Cross-Cultural Reentry: An Annotated Bibliography (1983)
[xx] Cross-Cultural Reentry: A Book of Readings (1986)
[xxi] Think Home (1984, updated and expanded in 2011)
[xxii] Reentry/Professional Integration: NAFSA/A.I.D. Project Grants Summary Report 1974-91 (1991)
[xxiii] International Student Reentry: A Select, Annotated Bibliography (1992)
[xxiv] Home Again: Preparing International Students to Serve Christ in Their Home Countries (1993, revised/updated in 2005)
[xxv] New Horizons (2008)
[xxvi] Overseas Campus Ministries
[xxvii] Returnee Handbook (2009)
[xxviii] Back Home (2011)
[xxix] Coming to America/Returning to Your Home Country (2011)
[xxx] World Evangelical Alliance Mission Commission
[xxxi] Ethnic America Network and the Mission America Coalition
レイトン・チン

はじめに:
JCFNは1990年から1991年にかけて誕生した団体です。それは、米国において留学生宣教ムーブメントと留学後の母国へ帰国する際のフォローアップの働きの分野が、ともに発展成長していた時期でした。この記事では、JCFNが誕生した背景にある、この二つの働きの歴史的発展に焦点を当てたいと思います。

米国留学生宣教動の発展成長

米国留学生宣教100年の歩み:
2011年はJCFN発足20周年であるばかりでなく、アメリカでの留学生宣教発足100周年を覚える年でもあります。ジョン・R・モット氏は、10万人の学生を擁する『学生奉仕運動(SVM[i])』の宣教ネットワークの主要なリーダーとして、また世界的に有名な1910年に開かれた英国エジンバラ世界会議の議長として、その名を知られています。(このエジンバラ世界会議の100周年記念として、東京で世界宣教東京大会、南アフリカでケープタウン2010[第3回ローザンヌ世界宣教会議]、英国でエジンバラ2010の式典が催されました。)

モット氏は、YMCAの世界的発展に貢献した指導者としてもよく知られており、ノーベル平和賞を受賞しています。しかし、そのように著名な彼が1911年に留学生友好関係委員会(CFR[ii])と呼ばれる米国内初の留学生宣教の発足に関与していたことは、ほとんど知られていません。1911年4月、CFRが活動を開始したとき、アメリカには415人の日本人留学生がいました。彼らの多くは、熱心に学位を習得し、日本の発展のためにその訓練を役立てたいと強く思う人たちでした。しかし、多くの学生たちはアメリカの日常的な生活習慣を理解し、取り入れることに困難を覚えていました。CFRの宣教初期時代は、そのプログラムを用いて日本人留学生に貢献することを最優先としてきました。時代と共に組織や組織の活動方法が変化し、1965年には「留学生サービス(ISS[iii])]と名称を変えました。

1950年代~1970年代:
1950年にいたるまでの40年間におけるCFR/ISSの貢献は、非常に質の高い賞賛に値するものでした。当時アメリカでは、おそらく唯一の国際学生向けの宣教活動団体であったと思われます。そして1952年、著名な宣教師政治家、ディビッド・アドニー氏の指揮の下、キリスト者学生会(IVCF[iv])が留学生宣教の一部門として働きを始めました。翌1953年には留学生伝道団体であるISI[v]が発足、1955年には南部バプテスト連盟による留学生宣教がそれに続きました。1960年代には中国人留学生のためのアンバサダーズ・フォー・クライストが発足し、キャンパス・クルセードにおいて留学生宣教活動を展開してきました。1977年には国際ナビゲーターが、1978年にはケンタッキー州マンハッタン市でHIS[vi]が、それぞれ留学生の間で宣教活動を開始しました。

1981年~1991年におけるACMIと他の留学生宣教:
JCFN発足に至るまでの10年間は、米国において多くの新しい留学生宣教が急成長した時期でした。その中でも、1981年にもたれた留学生宣教の初の全国協議会は、最も意義のある出来事だったと言えるでしょう。そこには当時活動していたほとんどの宣教団体が集合し、留学生伝道協会(ACMI[vii])として継続的なネットワークが結成されました。ACMIは30年にわたり、留学生宣教のスタッフやボランティアの研鑽のために協議会を催してきました。1980年代に発足された留学生宣教団体には、留学生フレンドシップミニストリー[viii](1981)、米国長老派教会改革派留学生フェローシップ[ix](1983)、保守バプテスト教団キャンパス・アンバサダーズ[x](1984)、オレゴン州ポートランドの留学生宣教連合体FOCUS(1985)、中国人留学生および留学生宣教スタッフを含む中国伝道団体(COM)[xi](1988)、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団カイ・ルファの留学生部門[xii](1989)、ホライズン・インターナショナル[xiii](1990)、インターフェイス・ミニストリーズ[xiv](1991)、そしてサウスカロライナ州コロンビアのヒズ・インターナショナル[xv](1991)などがあります。

JCFN誕生に先立つ日本人留学生の増加:
JCFN発足に先立って留学生宣教団体の数が増加していっただけでなく、当時はアメリカへ来る日本人学生の数も増加していました。1971年から91年までの20年間を見ても、1971年には4,223人だったのが1981年には14,020人、さらに1991年には40,700人と、大幅に増加しています。

時が熟して:
JCFNの働きが生まれたのは、まさに時が熟してのことでした。留学生宣教団体の数が増え、日本からの学生が増し加わるとともに、神の恵み、福音、イエス・キリストに、応答する日本人留学生が著しく増加していきました。1990年から2000年の10年間で、日本はアメリカに留学生を送り出す国ランキング1位ないし2位となりました。

日本人留学生がイエス・キリストに従う者となるという幸いな報告がなされる一方、帰国後彼らが、キリスト者の交わりを見つけることが出来ない、そこにうまく適応できない、そしてキリストから離れてしまうという悲しい報告も出るようになりました。誰が帰国する日本人学生をサポートできるのでしょうか? 帰国者のために何らかの資料を提供してくれる留学生宣教団体もいくつかありましたが、リエントリ準備のためにはまだまだ多くのことがなされる必要がありました。

神の導きの中、1980年代後半にもたれたコンファレンスで、ネッド・ヘイル氏(IVCFUSA留学生宣教部前会長)と私は湯に浸かりながらブレイン・ストーミングをしていました。その結果、一つのアイデアが与えられました。それは、アーバナ宣教大会[xvi]の直後に、特に帰国者に焦点を当てた留学生ポスト・アーバナ宣教大会[xvii]を開くことでした。このアイデアが実現し、その結果としてJCFNが発足したことを神に感謝します。

米国における帰国者/リエントリの現状に対する理解の成長とリソースの発展:

1991年にJCFNが発足した当初、留学生のリエントリと帰国者ミニストリーについて、どれだけ理解されていたでしょうか? 留学生のリエントリについてはまだほとんど知見がなく、意識的に行う帰国者ミニストリーに至っては、事実上存在しないも同然でした。

日本人留学生帰国者に関する初期SVMにおける記録:
「帰国者」や「リエントリ」という概念は、 1990年代後半になって浮上してきたものでした。しかし、1900年代初期のSVMの報告書や他の宣教書を見ると、そこには、日本人(や中国人)学生が、西海岸や他の地域で人種差別などを受けたことによる悪影響についての懸念が、多く言及されています。この懸念は、彼らが帰国後、指導的な地位に着いたとき、米国に対してどう思い、感じるだろうかというものでした。米国に対する敵対心という懸念は、のちに真珠湾攻撃に際して帰国者が重要な役割を果たしていたことで立証されています。100年前の帰国者についてのもっぱらの関心事は、帰国学生が米国に対していかなる有害な影響を与えうるかということであり、帰国者が積極的に国家建設に携わり、かつ王の王であるお方の大使となるために備えるというものではありませんでした。

カルチャーショックと逆カルチャーショック/「リエントリ」:
「カルチャーショック」という言葉は、1950年代後半から1960年代初期にかけて、一般的に用いられるようになりました。これは、新しく、また異なる文化に触れ、生活する時に生じる感情やストレスを表します。「自分は異国人だ」という感覚、「その国について無知であり、混乱している」という感覚です。アメリカへ行こうとする学生は、新しい国とその国民に対する違和感、相違に遭遇することを予測していたでしょう。しかし、その同じ学生が外国での学業を終えるとき、心にあるのは懐かしい自国への幸いな帰国だけではないでしょうか? 多くの帰国者が、アメリカに滞在していたときのカルチャーショックよりも、もっと大きな『逆カルチャーショック』を経験するとは、大きな驚きです。他の帰国者も海外在住を終え、同様な感覚を経験し、自分自身の国でよそ者であるような経験をします。この現象は、1970年代には『リエントリ』と称され、1970年代から1990年代にかけて、NAFSA[xviii]が、留学生のリエントリと帰国学生の母国での就職に関する諸問題に対処するための原動力となってきました。

1983年~1993年のリエントリに関する資料と関連出版物:
1983年までは、「リエントリ」についての多少の記事はあったものの、書籍は出版されていませんでした。リエントリの実態を一般社会に知らせるにあたり、その立役者となったのは、アビリンクリスチャン大学のクライド・オースティン博士です。オースティン博士は、1983年に『異文化間リエントリ注釈文献』[xix]を出版し、1986年に「リエントリのバイブル」とも言うべき『異文化間リエントリ読本』[xx]を出版しました。1984年には、リサ・エスペネリ・チン女史が『シンク・ホーム(Think Home)』[xxi]を著しました。これは、クリスチャン留学生のリエントリに関して書かれた最初の書物です。NAFSAは、チン女史による『リエントリ/プロフェッショナル・インテグレーション:NAFSA/A.I.D.プロジェクト・グラント・サマリー・リポート 1974-91』 [xxii] (1991)と『留学生リエントリ:厳選注釈文献』[xxiii](1992)の2冊を出版しています。1993年には、国際ナビゲーター留学生宣教の推進者であるネイト・マーザ氏が『ホーム・アゲイン:留学生が彼らの母国でキリストに仕えるためにどう準備するか』[xxiv](2005年改訂)を著しました。

JCFNが始まったころは、リエントリ関する本(一般的なリエントリについても、留学生のリエントリに特化したものも)が出版されるようになって、まだ十年も経っていませんでした。JCFNの発足後、『シンク・ホーム』の改訂版がいくつか、他の宣教団によって数カ国で出版されました。また、近年になって出版された帰国に関するクリスチャン向け書籍には、ISIによる「ニューホライズン」[xxv](2008)、海外キャンパス伝道団[xxvi]による中国人のための「帰国者ハンドブック」[xxvii](2009)、IVCF/USA留学生宣教部による「バックホーム」[xxviii](2011)及び「アメリカに来て、自分の母国に帰る」[xxix](2011)、などがあります。

留学生宣教世界ネットワークへのJCFNが果たした貢献に対する評価:
JCFNは、留学生をリエントリに備え、また帰国者をサポートするという働きにおいて、また受け入れ側となる母国の教会とのネットワーク構築において、世界各地の留学生宣教にとって励みとなる良い模範となってきました。現在でもそうです。JCFNの過去20年の経験から得られた知見は、米国に多くの留学生を送り込んでいる中国、インド、韓国などの国にとってきわめて貴重であり、応用可能なものです。黒田(現・清水)摂総主事が帰国者ミニストリーの専門家及びリーダーとして、I-CARE(2008年)、ローザンヌ・アジア太平洋地域留学生伝道コンサルテーション会議(2009年シンガポール)、そしてローザンヌ第3回世界伝道会議ケープタウン2010といった国際レベルの宣教戦略会議において、JCFNの話しを分かち合うことができたのは、実に重要で意義あることでした。

神の特別な恩寵の中、1990年の留学生ポスト・アーバナ宣教大会で、帰国する日本人クリスチャン留学生をサポートするミニストリーを開始すべく、何人かの学生がこのヴィジョンの実現のために一歩を踏み出しました。彼らの信仰と勇気は、確かに多くの実を結び、神の栄光を現しつつ今後さらなる実を結んでいくことでしょう。

レイトン・チン氏はACMIの前議長であり現在ACMI主事としてグローバルネットワーキングに従事している。また、ローザンヌ世界伝道会議スペシャルインタレスト留学生伝道委員会委員長として働き、世界福音同盟[xxx]の委員でもある。また、米国宣教連合のエスニック・アメリカ・ネットワーク[xxxi]において留学生宣教活動の代表でもある。

[i] Student Volunteer Movement
[ii] Committee on Friendly Relations Among Foreign Students
[iii] International Student Service
[iv] InterVarsity Christian Fellowship
[v] International Student, Inc.
[vi] Helping International Students
[vii] Association of Christian Ministries to Internationals, a.k.a. Association of Christians Ministering among Internationals.
[viii] International Friendship Ministries
[ix] Reformed University Fellowship-International of the Presbyterian Church in America
[x] Campus Ambassadors of the Conservative Baptist denomination
[xi] China Outreach Ministries (formerly Chinese Overseas Christian Mission)
[xii] Chi Alpha
[xiii] Horizons International
[xiv] InterFACE Ministries
[xv] HIS International
[xvi] Urbana Missions Convention
[xvii] Post-Urbana Conference for International Students
[xviii] NAFSA: Association of International Educators
[xix] Cross-Cultural Reentry: An Annotated Bibliography (1983)
[xx] Cross-Cultural Reentry: A Book of Readings (1986)
[xxi] Think Home (1984, updated and expanded in 2011)
[xxii] Reentry/Professional Integration: NAFSA/A.I.D. Project Grants Summary Report 1974-91 (1991)
[xxiii] International Student Reentry: A Select, Annotated Bibliography (1992)
[xxiv] Home Again: Preparing International Students to Serve Christ in Their Home Countries (1993, revised/updated in 2005)
[xxv] New Horizons (2008)
[xxvi] Overseas Campus Ministries
[xxvii] Returnee Handbook (2009)
[xxviii] Back Home (2011)
[xxix] Coming to America/Returning to Your Home Country (2011)
[xxx] World Evangelical Alliance Mission Commission
[xxxi] Ethnic America Network and the Mission America Coalition

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