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内灘聖書教会牧師

あるクリスチャンの旅行者がロンドンに滞在し、日曜日にある有名な先生の教会の礼拝に出たそうです。礼拝が終わって教会を出る時、なんと素晴らしい説教だろうと思ったそうです。ところがその夜、同じくロンドンで伝道していらっしゃるスポルジョンの夕拝にでたそうです。そして、教会を出た時、この旅行者は思わず叫んだそうです。「なんとすばらしいキリストだろう!」このECが終わって、皆さんがそれぞれの所に遣わされて行くとき、皆さんの心にはただ一つ、何と素晴らしいキリストだろう、なんと素晴らしい主だろう、と、ただキリストの素晴らしさだけが皆さんの心を燃やし続けるような、そんなECであってほしいと思います。

私は18歳の時、香川県高松市の郊外、仏生山町と言う町に住んでいました。大学受験を目の前にして部屋で勉強をしていましたら、一人の方がメガホンを持って家の前を歩いたのです。「仏生山町の皆様、こちらは仏生山キリスト教会でございます。今晩、仏生山キリスト教会におきまして、キリスト教特別伝道会を行います。講師として、東京からキャリコ先生をお招きしました。」「キャリコ?」この珍しい名前が、私の心にキャリコっと光りました。本物の英語を聞くのも大学受験の参考になるかと思い、行ってみることにしたのです。

中に入ってみると、異様な雰囲気で、六畳一間ほどの部屋をアメリカ人が10人くらい取り囲み、真ん中に3、4人の日本人がアメリカ軍の捕虜という感じで座っていました。しかたがない、英語の勉強です。私も中に入りました。いよいよキャリコ先生の話が始まると、なんと流暢な日本語で話しを始めたのです。「だましやがったな~。アメリカ人なら英語しゃべれ!」

そして、誰かがキャリコ先生に言ったのでしょう、「真ん中に座っている、詰襟のハンサムな高校生、彼が初めてきたノンクリスチャンです。」キャリコ先生は初めから終わりまで、私の目をじっと見ながら「あなたは罪人です。」と。「『どうぞおいでください』と言ったから来てやったのに、罪人呼ばわり、とんでもない!」と思ったのですが、逃げるわけにも行きません。「神はあなたを愛しています。イエス・キリストはあなたを愛して、あなたの身代わりになって、十字架にかかって死んだのです。」何のことか良く分からないけど、「神はあなたを愛しています」というその言葉が、私の心にとても暖かく飛び込んできました。小学生の時、両親の離婚によって祖父母のところに預けられ、私は要らない人間だ、と捨てられたような少年時代をすごしていましたので、愛という言葉にとても敏感だったのです。

お話を聞いていくうちにとても心が熱くなってきて、集会の最後に、「皆さんの中で、(といっても私だけなんですが)神様の愛に心を開いて受け取る方、イエス キリストを信じたい人は手を挙げてください。」という招きがあり、なんと私は手を挙げたのです。

私はその晩、イエスキリストを信じました。本当に突然のことでしたけれども、私の心の中に大きな変化が起こりました。イエス様を信じて10日ぐらい後には、なんと教会にあった大太鼓を借りてきて、仏生山町の中を私一人で行進するようになったのです。「十字架にかかりたる~~~♪」一節が終わると、そこに立ち止まって、「仏生山町の皆様、すばらしいニュースがございます。イエス・キリストは皆さんのために十字架で・・・」と一つ覚えの伝道をするようになったのです。イエス・キリストのこの十字架の話、神の愛の話をすることが、こんなにもうれしくて、こんなにも大切だということを知って、私はもう夢中になったのです。

私は18歳でクリスチャンになり、その後の新年聖会で献身をしました。そして、「この身を主に捧げます。どうぞこの福音を伝えるために使ってください。」と、東京にある神学校に通い始めました。それまで、神奈川で教会を開拓し、行き詰って神学校に通い始めたのですが、危なく神学校で信仰をなくすところでした。一緒に入った人が次々辞めていきました。私も、伝道者としてやっていく気持ちも消え果てしまいました。やっぱり、神の言葉を伝える器じゃないんだ、神様のために働くのは辞めようと思いました。そして、退学届けを出す前に、入社試験を受けて、受かったら学校をやめようと思いました。筆記試験の後、身体検査をしますといわれ、部屋に通されました。そこに元気の良い女性がいて、「裸になってください」といわれました。その女性の掛け声に合わせて、ラジオ体操が始まったのです。ラジオ体操をしながら、私は心の中で泣きました。18歳の時、神様のためにと思って身をささげて、夢いっぱいで立ち上がったのに、今そこから逃げ出そうと思ったら、この無様な格好。
その数日後、一通の手紙が来ました。なんと不採用通知と書いてありました。私は、これからどのようにして生きていったらいいんだろうと悩みました。そんなとき、強烈によみがえってきたみ言葉は、1コリント1:27-29でした。

「しかし神は、知恵ある者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選ばれたのです。また、この世の取るに足りない者や見下されているものを、神は選ばれました。すなわち、有るものをない者のようにするため、無に等しいものを選ばれたのです。これは、神の御前で、誰をも誇らせないためです。」

「お前はどうしようもないものだ。無に等しいものだ。だけど、だから、お前を用いよう。もう一回立ち上がれ。」この言葉に励まされて、すごすごと神学校に戻りました。ほんとうに無に等しい、どうしようもない者、だから用いよう、ということばにしがみついて今日まで生きてきました。みなさんも、自分が何にもない者であることを知って、「弱いものを強くされる」主のご計画に従って歩んで行ってほしいのです。

さあ、皆さんは新しい年を迎えます。

大木実という詩人の読んだ、「前へ」という詩があります。

前へ
少年の日読んだ「家なき子」の物語の結びは、こういう言葉で終わっている。

―前へ。
僕はこの言葉が好きだ。
物語は終わっても、僕らの人生は終わらない。
僕らの人生の不幸は終りがない。
希望を失わず、つねに前へ進んでいく、物語のなかの少年ルミよ。
僕はあの健気なルミが好きだ。
辛いこと、厭なこと、哀しいことに、出会うたび、
僕は弱い自分を励ます。
―前へ。

このECを締めくくるにあたり、私たちは「前へ」と踏み出すものでありたいと思います。

私は18歳のときに、神様に迫りを受けて、「あなたの人生の手綱をわたしにあずけますか?」と聞かれ、「主よ、私が手綱を握っているよりも、知恵と愛に満ちた、あなたに預けたほうが何倍もすばらしいです。あなたに私の人生の手綱をあずけます。」と言いました。何度も手綱をひっぱり戻して自分勝手なことをやるような人生でした。でも、18歳の中途半端な献身でしたけど、それを主は献身とみなしてくださいました。私は不真実でしたが、主は私の人生の手綱を握り続けてくださり、今日まで助けてくださいました。

私は今、主にあって生きることはなんて幸いなことかと、証することができるのです。あなたも、主に人生の手綱を渡して、「前へ」進んで行こうではありませんか。