会報(月報、年報)

PDF 版はこちらです。⇒ クリック

 

 

主の御名を賛美します。

今月は引き続き、7月にハワイで行われましたJCFN25周年記念コンファレンスで分かち合われました理事や主事の証をお届けします。
 
【HC2016での理事・主事の証】

JCFN25周年記念コンファレンスが6月30日〜7月2日にハワイで行われました。9月の月報では、中村佐知理事、清水摂北米主事、斎藤真智子北米事務主事の証をお送りします。
「涙の谷を過ぎるときも」
中村佐知
JCFN北米理事

 去る3月5日、次女の美穂が11ヶ月間にわたる闘病ののち、スキルス胃がんで天に召されました。21歳でした。

 ガンが発覚したときは、すでに背骨とリンパ節に転移のあるステージ4でした。まず放射線治療で背骨の転移に対処し、それから化学療法を始めました。化学療法は功を奏し、約5ヶ月の治療で腫瘍マーカーの値が劇的に下がりました。抗がん剤はどうしても副作用が辛いため、症状が改善されマーカーの値も下がったこともあり、娘はしばらく治療を休むことを希望しました。

 そのころは、治療さえ休めばまだかなり普通に暮らすことができました。しかし昨年11月の半ばに、また首のリンパ節にしこりを感じるようになりました。そして12月の上旬にCTスキャンを受けたところ、肝臓に転移していることがわかりました。その時点では、チェックポイント阻害療法という最新の治療法を臨床試験で受けることになりました。とても期待の持てる治療法ということで、医師も本人も私たちも、みな希望を持ちました。しかし、臨床試験は一種の実験なので、条件を整えるためにいろいろな準備が必要でした。そして準備をしているうちに娘の容体は急速に悪化し、結局、臨床試験に参加できる条件から外れてしまいました。

 肺と心膜嚢に水がたまり、急いで手術しないと命にも危険が及ぶ状態になってしまったため、12月末に入院しました。入院は5週間にわたり、その間に症状に対処するための手術を全部で7回受けました。しかしいくら処置をしても後手に回るばかりで、ガンはどんどん広がり、2月上旬には、もう手の施しようがないと言われました。主治医の勧めにより自宅に戻り、家庭でのホスピスケアを始めました。2月12日のことでした。

 娘のガンが発覚する1年くらい前から、私は「観想的な祈り」という祈りを実践するようになっていました。これは、言葉や思考をあまり用いず、ただ神様の御臨在の中に自分を置く祈り、神様の愛を味わう祈りです。私にとっては、憐れみに満ちた善なる主にすべてを明け渡す祈りでもありました。

 自分の生活やこの世の中では、様々なことが起こります。そこには多くの不条理もあります。震災で大勢の人が亡くなることもそうですし、娘の病気のような場合もそうです。なぜそのようなことが起こるのか… 理解しようとしてもわからないことですが、観想的な祈りで主の前に出るときは、そのような不条理を見て見ぬふりするのでなく、正面から見据えます。そこにそういう状況があることを見据えます。しかし、それを理解しようとか説明を得ようとするのではなく、ただその不条理を心に抱きます。それは、両手で何かをそっと包むように持つイメージです。握りしめるのではなく、拒絶するのでもなく、そっと手の上に乗せる感じです。そうやって神様の前に出ていきます。自分には理解できないような状況の中にさえおられるはずの神様のご臨在の中で安らぐのです。

 その祈りにはたくさんの沈黙があります。感情で高ぶる自分の思いを静めるための沈黙、神さまを待つための沈黙、そして、ただ主の慈愛に満ちた御臨在を味わい、その中で憩うための沈黙… 私が沈黙するだけでなく、神さまの側も沈黙なさいます。それは、私の祈りを無視しているのではなく、私の痛みに無関心なのではなく、私の知性や経験では理解しえないこと、説明しえないことを、その御臨在によって私の魂にしみ込ませようとしておられるかのような、神さまの満ち満ちた優しい沈黙です。

 娘の闘病中は、癒しを求めて祈りましたし、娘の症状に合わせていくつもの具体的な請願の祈りもしました。それでも、私をずっと支えていたのは、請願の祈りよりもこの沈黙の祈りだったと思います。神様の御臨在の中で娘を私の手にそっと乗せて祈るとき、あるときは「大胆に求めてごらん」と励まされ、あるときは私がほかの人のために執りなすよう導かれ、あるときは御腕の中でただ泣かせていただきました。

 そのように祈るとは、癒しを求めないとか、どうせ神様の思うようにしかならないと諦めてしまうことではありませんでした。むしろ、私にはまだ見えない、想像することもできないような、大いなる神様の御栄光が現されることを、息をひそめながら待つようなことだったかもしれません。そして、神様の御栄光が現されるとは、苦しみや試練を通してこそ出会えるイエスというお方が、痛みの中にいる私の内に照らし出されることだったのかもしれません。 そうやって主の御臨在の前に膝をかがめることだったのかもしれません。

 娘は信仰は持っていましたが、まだ21歳でした。死にたくないと思っていました。神様が自分に与えてくれた賜物やユニークな経験を用いて、この世の中で特権を与えられていない人たちのために働きたいと願っていました。そして、神様はガンを癒してくださると信じていました。

 結局、美穂は自宅に戻ってから、1ヶ月も経たずに主のもとに帰りました。しかし、私たちに与えられたその3週間ほどの自宅での時間は、とても貴重なものでした。よく、末期ガンの最期は壮絶だと言いますが、残念ながら娘の場合も例外ではありませんでした。娘が亡くなる日の明け方、彼女は自宅で大量の吐血をしました。そして、何か恐ろしい幻覚を見ていたようで、「Help me! Help me! Please stop!」と叫んでいました。ベッドから起き上がって逃げようとするのですが、もう足腰が弱っていて、ベッドサイドにつかまっても立ち上がることすらできず、倒れ込みました。そのときの、焦点が合わないままにカッと見開かれ、宙を睨む娘の目を見たとき、私は彼女の死が近いことを覚悟しました。大勢の方たちが世界中で心を注いで祈っていてくださっていたのに、なぜ?と、絶望に襲われました。そして心の中で叫びました。

 「わが神、わが神、なぜ私と美穂をお見捨てになったのですか?」

 しかし、神様に見捨てられたかのように感じて絶望したその瞬間、イエス様の御腕が私を包んでくださるのがわかりました。イエス様ご自身の苦しみのうちに、娘と私の苦しみが包み込まれたのです。そして、イエス様の十字架の苦しみを見て涙を流されたであろう御父が、血を吐きながら苦しむ娘と、まったくなすすべのない無力な母親の私を見て、涙を流しておられるのを感じたのです。この苦しみの只中で、主ご自身が私たちに寄り添ってくださっているのがわかりました。今あの晩のことを振り返るとき、あんなにも恐ろしく絶望に満ちたかのような状態だったにもかかわらず、あの場面が聖なるものとして思い出されます。まるで神の栄光の雲があの部屋を満たしていたかのように。

 美穂は本当に立派に戦いました。神様の癒しを信じて、ずっと前向きでした。彼女が不安や恐れを口に出すことはほとんどありませんでした。怖くないはずがなかったでしょうに、周囲への気遣いだったのか、それとも前向きでありたいという決意からだったのか、決して弱音をはきませんでした。麻薬系の鎮痛剤を15分に一回使うくらいの痛みになっていたときでさえも、静かにじっと耐えていました。そして、息をひきとる前に最後に彼女が言った言葉は、I love youでした。敵は美穂に神を呪わせたかったことでしょう。しかし美穂は屈さなかったのです。家族に見守られつつ、愛の言葉でこの地上でのいのちを終えました。そのとき、美穂は私の腕の中にいたのですが、私の腕の中からイエス様の腕の中へと、娘をお渡しすることができたのだと思います。

 しかし、私のストーリーはこれで終わりではありません。これで一件落着ではありませんでした。

 私は先ほど、観想的な祈りを通して、娘を私の両手の平に乗せて祈っていたと言いました。私としては、美穂の命は神様の御手に委ねていたつもりだったのです。そうやって祈っているとき、もはや何がなされるとか、なされないとか、そういうことはそんなに重要ではなくなっていくように感じていました。そのときに与えられた平安は、誰も、何ものも奪うことはできないと思いました。本当にそう思っていました。

 ところが、いざ娘が死んでしまうと、その現実はとても「平安」の一言で済ませられるものではなかったのです。その悲しみ、痛みは、私の想像をはるかに上回るものでした。心には後悔の念が押し寄せます。あのときああしていればよかった、こうしてあげればよかった… 毎日泣きました。ただ、私が心がけていたことは、後悔するにしても、泣くにしても、すべて主の前に出てするということでした。私にとって、そこがいちばん安全な場所だったからです。

 多くの方たちが美穂の闘病と死を通して神様に触れられた、神様の御栄光を見たとおっしゃってくださいました。そのことには心から感謝し、主の御名をたたえます。けれども一方で、別の思いも湧いてきました。それは、美穂の闘病や死をきっかけにどんなにすばらしいことが起こっても、私にとってそれは美穂の死を正当化するものにはならないということでした。いくら神様が彼女の死からたくさんの素晴らしいもの、美しいものを生み出してくださったのだとしても、それと引き換えに死んでしまった娘の人生はどうなるのでしょうか。頭では天で主と共にいるとわかっていましたが、それでも私は神様に尋ねずにはおれませんでした。すると神様は、祈りの中で私にある状況を見せてくださいました。それは、娘と娘の犬が楽しそうに遊んでいる場面でした。その場面が浮かんできたとき、神様が「美穂は大丈夫だよ。心配しなくていいよ」と語ってくださったように感じました。さらに、神様は「Hidden with Christ in God」(コロサイ3:3)の御言葉を与えてくださいました。娘は今、キリストとともに、神のうちに隠されている… 深い慰めをいただきました。

 死後の娘が神様のもとにいて安全であるのは、頭では最初からわかっていたことでした。しかし、答えそのものが慰めになったのではなく、娘の闘病と死とその後のプロセスを、納得したり疑ったりを繰り返しつつ、もがきながら、這うようにしてでも神様と一緒に通ったこと、そうやって神様に近く引き寄せていただいたこと、それが私に言葉にできない深い慰めを与えてくれたのだと思います。私に必要だったのは、理路整然とした納得のいく答えではなく、納得のいかない苦しみの中でも、主がともにいてくださることだったのです。今でも私には答えのないことがいろいろあります。しかし、主がともにおられる限り、It is well with my soulと言えるのです。主に感謝します。

 
「4分の一世紀」
清水摂
JCFN北米主事
 
 「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠への思いを与えられた。しかし、人は、神が行なわれるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。」(伝道者の書3:11)

 自分の人生が神様によって大きく修正された1990年のアーバナ宣教大会。それは私の信仰生活の新たな誕生日のようなものでした。そして奇しくも同じ大会でJCFNが始まりました。その後、献身に導かれましたが、神学校在学中に体験した試練を通して神様を信じることを辞めるという決断をしました。しかしそんな私を神様は決して見捨てず、人生を諦めている私を諦めず、私を癒やしの旅路へと導き続けてくださいました。信仰のない中、不思議な事ですが神学校を卒業をすることができました。それと同時にJCFNで初主事として奉仕をしないかと打診がありました。

 私にとってJCFNで働くということは、ただ単に一つの宣教団体で奉仕をするということではなく、私の痛み、悲しみを真っ向から見据え、それと向き合うという意味もありました。つまりそれは、私の癒やしの道だったのですが、当時の私はJCFNで奉仕をするということは、生き残るために死をも覚悟して進む道のように感じていました。そして今心から言えることは、私にとってのJCFNでの献身は、私の信仰の歩みの再出発であり、私が無条件で受けた神様の恵みと憐みを思い起こす最善の場所であり、またその恵みを他の人たちに分かち合っていく機会となってきたということです。

 25歳のときに就任し、主事になって23年が経ちます。私の人生の半分近くがJCFNの歩みであるということは本当にショックな事実です。でもそれと同時に、私は本当に祝福されていると感謝の言葉しか出てきません。これは決して過言ではなく私は心からこう思っています。「JCFNのミニストリーは私のためにある。」と。

 そして、この感謝の気持ちは神様に対してもそうですが、私の神の家族に対しても同じようにあります。私の母教会であるマキキ教会の皆さん、また私の家族や友人は、私の信仰の反抗期も見ながら支えてくださり、信仰のリバイバルを体験したときも祈ってくださり、献身したときも神学校の学びを祈りと経済的に支援してくださり、在学中に試練に遭い神を信じることを辞める決断をした私を何も言わずに支え続け、愛し続けてくださり、癒やしの過程の途中であるにも関わらず、OMF宣教師としてJCFNで奉仕することが神様の御心であり、私の癒やしのためであると私の代わりに信じてくださり、祈り、支えて送り出してくださいました。神様の私に対する愛を、マキキ教会の皆さん、また、私を支えてくださっている家族や友人の多くの方々を通して具体的に体験することができています。
 
 これを書きながら、神様はどれだけ私のことが大好きなんだろう・・・。こんなにも愛されている私は、どれだけ特別なんだろう・・・とただ驚き、感謝しか出てきません。そして思うのです。私が出来ることは、この神様の愛を受け続けること、そしてその愛を流し続けていくことだけだと。

 これからの私の人生の歩みの中でどのように主が働かれるのかはわかりません。留学生事情や世界情勢が大きく変化していく中、海外邦人宣教も変化せざるをえません。そのような変化の中、JCFNがどのように発展していくのか、その中に私がどのように加えられているのか、わからないことは沢山あります。しかし信仰の一歩を進みだすのを恐れず、感謝を捧げるところに(UP)、必ず神様は次の一歩(OUT)を備えてくださっていると確信します。
 
 これからも、「JCFNの働きは私のためにある」と告白できるよう、主の憐れみの中にどっぷりつかりながら、与えられている全てを捧げていきたいと思います。本当にお祈り、サポートを心からありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。
 
「共にいて下さる神」
斎藤真智子
JCFN北米事務主事
 
 JCFNとの出会いは大学院で学んでいる時で本当に不思議な形でした。元々私はJCFNとあまり関わりがなく、何をしている団体か全く知りませんでした。ところが突然JCFNでバイトをする話が来ました。ちょうどその時OPT期間中の一年間を神様に捧げようと思っていたので私は直ぐに承諾しました。同時にECの受付の奉仕をする事になり、そのECの招きで献身に導かれました。

 EC後、私は献身の召しを与えられたのにも拘らず、それを受け入れる事が出来ず、心に葛藤を覚えていました。自分の過去に捕らわれていた私は、自分が献身者になるなんてふさわしくない、神様も本当の私を知れば幻滅すると思っていました。神様と向き合うのが怖くなり、次第に神様から隠れようとし、まるで自分が救われる前の自分に戻っていっているような気さえしました。

 ”God has no hands but ours” という言葉を聞いたのはその時でした。こんな私でも全知全能の神様に従い仕えても良いのだという何ものにも代えられない神様の愛と恵みを感じました。過去に捕らわれその重荷を掴んで離さず、それを盾に神様から顔を背けた事、神様の愛や約束に限界を勝手に設け、御言葉を信じなかった事を悔い改めました。また、神様は私を神の栄光を現す器として愛し、整え、用いて下さるお方である事を語られ、励ましを受けました。そして過去、現在、未来、全てひっくるめたありのままの自分を全知全能で愛に満ち溢れる主に信じて委ねる祈りを捧げました。そして献身する導きを受け入れました。主は自分の力では自分自身を自由に出来ない私を導きをもって一歩一歩真理の道へと支えて下さいました。その後も主は癒し、勇気、信仰、また愛や、チャレンジ、戒め等を様々な形でここには書ききれないほど与えて下さいました。

 献身を受け入れた後、私をJCFNに導いたのは経験や知識よりも主の導きと積まれた祈りでした。私が分かっていた事は、主が私を献身へと導いてくれている事、そしてJCFNへの扉が開いていたという事でした。献身するとなると「絶対JCFN」と言う情熱と確信がなくてはダメだという固定概念がありました。しかし、主はそんな私の固定概念を大切にする事や条件を満たす事ではなく、主が今輝かせている一歩先にある灯火を信じる大切さを教えて下さいました。そして主は全知全能である神様を信じ、見上げる信仰を私に備えて下さいました。私はただ神様が神であるという事を支えに、主が開いて下さったJCFNの道へと導かれ、日々確信を新にされています。そして今に至ります。

 献身してから決して毎日が喜びに満たされ、薔薇色の人生だった訳ではありません。ましてや日々のブループリントが与えられた訳でもありません。私は何をしているのだろう。もう辞めたい。どうするの。と思う日も多々ありました。しかし、その様に感じる時も、振り返るといつも聖書に表されている主が私を包んで下さり、いつも一緒にいて下さりました。今神学校で学びをしている夫と将来の導きを祈っています。全く先の事は分かりませんが、いつも一歩先を照らしてくれる主をこれからも信頼し、期待し、歩んでいきたいと思います。
 
 
equipper conference2016のオンライン申し込み受付中
超早割でのお申し込みは9月30日までです!
ec16オンライン申込み
 
新年度「年間維持会員」受付中
 
維持会員の会員任期はお申し込みの時期にかかわらず、7月〜6月になります。
2016年度の「年間維持会員」を受け付けます。
「年間維持会員」とは、維持献金(年間3,000円/30ドル)をもって、
JCFNの働きをご支援いただく会員になります。
よろしくお願いします。

 
↓↓ 維持会員登録はこちらから ↓↓
JCFN維持会員になります!
 
帰国者セミナーのビデオ(イントロ+全4回)が完成しました。ぜひ、帰国準備のためにお用いください。画像をクリックするとイントロビデオを見ることができます。セミナーのビデオ全セッションはJCFNウェブサイトからご覧いただけます。
 
 
主の御名を賛美します。

先月に引き続き、7月の月報では「日本の教会に備える」シリーズ第3弾をお届けします。また、5月に行われましたセントラルカンファレンスからの証もお送りします。

 
日本の教会に備えるシリーズ③
「教会選びに際して考えるべきこと。」
鈴木 茂
仙台聖書バプテスト教会牧師

『異端とは?異端の特徴とは?』

 気をつけなければいけないことは、異端と呼ばれる教会と彼らが教える教理です。間違ったことを教える人々は、初代教会から既に存在していました。パウロもペテロもヨハネも当時の異端と異端的教えに対して戦い、教会を健全に守るために大切な教理を徹底的に教えられました。その目的は、クリスチャンたちの嗅覚を養うためであり、異端の教えに対して敏感に気づけるようになるためでした。

 異端は今に始まった現象ではなく、まさに異端の歴史も繰り返されています。日本では、特にモルモン教、ものみの塔、また統一教会などが裾野を広げています。異端教会の特徴は、必ずキリスト教の中心的教理を狙い、巧みに聖書解釈を彼らの前提に従って理解して、それを真理として教えます。彼らが歪める教理こそが、実は私たちの信仰の土台となるものなので、私たちは真理をよく知る必要があります。

 異端の教会が歪める教理は、三位一体論、キリスト論、聖霊論、救済論、そして終末論です。上記に記した教会は、三位一体の神を否定します。キリストに関しては、キリストの神性を否定したり、また人性を否定したりします。聖霊に関しても、たとえばもみの塔の教えは、聖霊は単に力であり、人格的ではないと主張します。また、救済論に関しては、キリストの十分性を否定して、良き働きや行いによる救いを解きます。終末論に関しても、キリストを神救い主として信頼する信仰によって救われる、とい立場を否定するので、自らの救いに関する確信は不安定なものになります。


『教会を選ぶ為には?日米の教会の違いをどう理解したらいいのでしょうか?』

 帰国してから、どのような信仰生活を送ることが望ましいでしょうか。地域教会の大切さはわかりますが、実際にどのようにして所属する教会を決めたら良いのでしょうか。

 既に語りましたが、日本にも教派の違う教会がたくさん存在しています。教会を選ぶことに案外難しさを感じるかもしれません。選ぶ際に少し参考にして頂きたいことを少し紹介します。

 まず、その教会において福音が福音として解き明かされているかどうか見極めることが大切です。みことばの教えはクリスチャンの成長にとって絶対に欠かせないものです。

 次に、しばらく集ってみて、礼拝、学び会、また交わりに参加してみましょう。肌で感じることも重要です。また、ひとりひとりのクリスチャンも、また家族としての教会も救いの完成の途上ですから、全く問題や課題のない教会はありません。しかし、交わりの中で習慣的に争いがあったり、批判があったり、陰口があるようでは問題だと思います。これは私の自論ですが、クリスチャンの大切な使命として、自らの救いの完成に努めることと(ピリピ2:12~13)、そしてそのためには祈り、知恵深く自分が属する教会を決めることが大切です。その際に、信仰の友や、信頼できる信仰の先輩などに相談に乗っていただくことが大切だと思います。

 帰国者にとって、日本の教会を選ぶ際におそらく遭遇する課題は、海外にある教会と日本の教会の多少の違いや雰囲気の違いに戸惑うことではと思います。おそらくその違いは、善し悪しではないことが多いように思います。しかし、雰囲気的な違いの印象は、案外大きいので、大切なことを妥協することなく違いを受け入れていくには時間がかかることかもしれません。

 私自身もアメリカの教会に11年集いましたので、アメリカと日本の教会の違いは肌で感じることができます。雰囲気を比べると、北米の教会の方が明るい感じはします。また、特に交わりなどでは親しみやすさも北米の教会の方があるかもしれません。そのような福音文化の中で救われて、しばらく生活すると、日本の多くの教会では最初寂しさを感じることもあると思います。北米の方々は、初対面の方々にも直ぐに近づき、挨拶の際に適切なスキンシップをして相手に歓迎の喜びを表現したりしますが、おそらく日本ではそのようなことは希かもしれません。このような違いがあることは、最初から受け止めていく必要があるのかもしれません。

 私はアメリカの複数の教会で11年間過ごし、帰国後今の教会に牧師として赴任して22年が過ぎました。もちろん、牧師として教会に属するのと信徒として教会に帰属するのでは多少違いがあるかもしれませんが、私は22年間の日本の教会での体験を通して次のことを思わされています。

 つまり、いろいろな違いを知り、体験していくことによって私たちは成長するということです。最初は馴染めなかったけれど、今はこれが本当に自分に必要な恵みだった、と言い切れることがたくさんあります。神は様々な教会に、また国々に違いを与えて、そして私たちを豊かにしてくださっていると思います。私が毎年訪問して少し奉仕させていただいているモンゴルの教会は、北米の教会とも日本の教会とも違います。アメリカの教会にも開放感と自由がありますが、モンゴルの教会にはもっと開放感があると思います。日本の教会とは対極です。私は彼らから得るものがたくさんあります。しかし、正直言って馴染めない要素もあります。でも、それからも学べます。また、モンゴルのクリスチャンは、日本人である私から得るものがたくさんあると言われます。まさに誰が優れている、ということではなく、神は様々な恵みを、私たちを成長させ、祝福するために散りばめておられると思います。私たちも帰属する教会の祝福を受けて成長しますが、また私たちの存在や今までの歩みの中で神が与えて下さった恵みや体験が備えられていますので、時間をかけて信頼関係を築く中で教会に新しい視点や方向性を示すことができるようになると思います。主にあって皆が知恵と時宜にかなった働きによって、小さな「改革」を起こす存在になれれば良いのではないでしょうか。

 どんな小さな改革も神のときになされていきます。小さな忍耐と従順という道程の中で、「時」が満ちます。私も日本に戻り今の教会で23年目になります。振り返ると神によってもたらされた小さな変革、もしくは改革がありましたが、どれも不思議な方法でなされたと思います。私たちの独自性、今までの人生の経験(たとえば、留学経験)を神は祝福のために用いて下さると思います。ですから、皆様に神様が与えて下さった海外での体験や経験を主に感謝し、知恵深く、またキリストの愛によって教会の祝福の為に用いて下さい(1コリント12:7)。

 
鈴木 茂(すずきしげる)
徳島県に生まれる。高校時代には軟式野球に打ち込む。オレゴン州ポートランド市にあるLewis & Clark Collegeに入学。入学後数ヶ月間の間にクリスチャンたちの温かい交わりの中でイエス・キリストを救い主として受け入れる。アイダホ州ポカテロ市にあるIdaho State Universityに編入する。そこでいい教会とキャンパスクルセードとの出会いがあり、神学校に行く決心をする。オレゴン州ポートランド市にあるWestern Conservative Baptist Seminaryに入学。そこで1年先に入学していた妻(敦子)と出会い、結婚に導かれる。(1男2女)1992年に帰国し、仙台市にあるバプテスト神学校で教師としての働きを始める。1994年に現在も牧会させて頂いている仙台聖書バプテスト教会の牧師として就任。趣味は汗を流すこと。野鳥や草花の写真を撮ること。
 
【セントラルカンファレンスの証】

セントラルカンファレンス2016が、アメリカのメモリアルデーウィークエンドである5月28日〜30日にシカゴ郊外で行われました。参加者からの証です。

CC16に参加して
小島恭子
CC16参加者
 
 CC(Central Conference)は、いつも私に”その時”必要なものを与えてくれる場所です。
 
 私が初めてCCに参加したのは2015年でした。その頃はまだクリスチャンではなく、アメリカで出会ったクリスチャンにとても親切にしてもらい、「どうしてクリスチャンの人達はこんなに優しいのだろう?私もこの人達の様に、愛をもって生きることができたらいいな。」という気持ちから、キリスト教に興味を持っている時期でした。と同時に自分が神様を信じるということに恐れを抱いてもいました。今まで自分の力で何でもやるべきだと思い生きてきた私にとって、イエス様を受け入れるという事は自分の弱さを認める事であり、自分自身を否定することの様に感じたからです。CC2015のテーマは「ありのままで~イエスが愛するあなた~」でした。この学びで、自分がどれだけ神様から愛されているかを知り、弱い事を恥じる必要もないことも知りました。私のその時の気持ちを知っているかのように、私に必要なメッセージをいただいたことに驚いた記憶があります。
 
 その後、色々な出来事を通し、やっと神様からのメッセージを受け取ることができ、今年のCCが開催される1ヶ月前に洗礼を受けクリスチャンになりました。そして、その3カ月後には日本への帰国が決まっていました。私にとっては、クリスチャンになることが大きなゴールだったので、イエス様を救い主として受け入れたものの、どのようにクリスチャンとして生きたらいいのか分からず困っていました。また、そんな状態で日本に帰ることにとても不安を抱いていました。CCの今年のテーマは「Surrender All ~キリストが私のうちに~」でした。参加してみて昨年にも増してびっくりしました。今、私に必要なものの全てがあったからです。今回の学びを通して、私は心の中にイエス様を迎え入れたものの、心の椅子の上にはしっかりと私自身が座っており、自分の信念に基づき頑張ろうとしていた事を知りました。また、「その椅子にイエス様に座ってもらえばいいんだ。」そして、「私の力ではどうにもならないので、助けてください。」と祈ればいいのだと知りました。この事を学んだ時、私の不安はすっと消えてなくなりました。

 そして、CCは私に人との出会いも与えてくれました。アメリカにいる日本人のクリスチャンとの出会いもそうですが、これから日本に旅立つクリスチャンと出会えた事はとても心強く、日本へ帰ってからの安心感にもなりました。また、JCFNが作成してくださった「帰国者応援KIT」は私をさらに励ましてくれました。
 
 また来年もまた参加したい!これが今の私の気持ちです。1年に1度、実家に帰るように、来年以降もずっとCCに参加できたらいいなと思っています。

 
 
equipper conference2016のオンライン申し込みが始まりました!
ec16オンライン申込み
 
新年度「年間維持会員」受付中
 
維持会員の会員任期はお申し込みの時期にかかわらず、7月〜6月になります。
今月より新しい年度が始まり、今年度の「年間維持会員」を受け付けます。
「年間維持会員」とは、維持献金(年間3,000円/30ドル)をもって、
JCFNの働きをご支援いただく会員になります。
よろしくお願いします。

 
↓↓ 維持会員登録はこちらから ↓↓
JCFN維持会員になります!
 
帰国者セミナーのビデオ(イントロ+全4回)が完成しました。ぜひ、帰国準備のためにお用いください。画像をクリックするとイントロビデオを見ることができます。セミナーのビデオ全セッションはJCFNウェブサイトからご覧いただけます。
 

 

主の御名を賛美します。

8月の月報では6月にカリフォルニアで行われました、WIT(Whatever It Takes)リーダーシップキャンプからの証をお送りします。また、8月と9月に渡り、7月にハワイで行われましたJCFN25周年記念コンファレンスで分かち合われました主事や理事の証をお届けしたいと思います。

 
【WIT16の証】

WIT(Whatever It Takes)リーダーシップキャンプが6月16日〜18日にカリフォルニア州で行われました。今年で10回目のWITとなりました。今までに179名がWITを経験しました。今年も、過去WIT参加者4名がスタッフとして準備し、18名の仲間と共に「神の子としてのアイデンティティーを生き抜く」仕えるリーダーとしての成長の時と持ちました。参加者からの証をお読みください。

「弱さを誇るリーダー」
関岡麗香
WIT16参加者(フロリダ在住)

 私がWIT16を通して与えられた一番の恵みは、アメリカとカナダの各地から集まったユニークで神様からとても愛されている一人ひとりとの出会いのなかで、自分と神様との関係が良好ではないことを素直に認めることができたことです。初日から砕かれた私の心はただ主に目を向け求めることができるよう整えられ、私の期待以上のたくさんの恵みを受け取ることができた貴重な3日間になりました。

 アイスブレイク、賛美、スモールグループと盛りだくさんな時間のなかでスタッフの方が準備してくれた、私たちの神の子としてのアイデンティティーを学ぶセッションは完璧なタイミングで用いられていました。セッションは放蕩息子の箇所から始まり、神様の深い愛の性質を知り、高慢で罪のある自分の性質を認め、どんなときでも私たちは神様のもとへ立ち返ることが赦されていることに気づかされ、大きな喜びを得ることができました。

 私はWITに参加するにあたって期待していたことがありました。私の信仰を教会に遊びに来てくれる、まだイエス様を知らない友人にどうしたら伝えることができるのか教えて欲しいと思っていました。WITの招待状が私の元に届いた3月はちょうどフロリダ州に移ってから半年が経ち、新しい環境、新しいクリスチャンコミュニティーのオーランド日本語教会に慣れ始めてきた時期でした。同時に自分はこの教会で出会った人々のために何ができるのかと神様のご計画に期待しながらワクワクしていた時期でもありました。思い返すと招待状が届いてからWITに参加する前の私は、自分が思い描いた通りに事を進めようと神様に信頼しきらず自分の力で推し進めようとしていたように思えます。WITを通してまず何よりも神様を求め、神様の愛を私自身が受け取るという根源に立ち返ることができたことに感謝です。

 クリスチャンリーダーとして用いられているWIT16に集まった仲間の各地でのミニストリー紹介は私の励みに今もなっています。私に与えられた賜物は何か、何が私にできるのか思い巡らしたなかで目の前にいる一人ひとりの声に耳を傾け、愛を持って接しなさいと示されました。神様はこんなに弱いと感じる私でさえも用いてくださいます。だから今日もありのままの私たちを愛してくださる神様に感謝し、これからも神様の偉大なご計画に期待しながら、クリスチャンリーダーの各地での働きが永久に主の祝福と栄光がありますように祈り続けます。

 
 
【HC2016での主事の証】

JCFN25周年記念コンファレンスが6月30日〜7月2日にハワイで行われました。今までの歩みを神様に感謝しつつ、これからの主の導きに従う思いを込め、テーマを「Up and Out」とし、3日間を過ごしました。期間中、JCFN主事や理事が証やメッセージを担当しました。8月9月の月報にて、証の記事をお届けします。今月は、尾関祐子北米主事と後藤満喜日本主事の証です。

「永遠のいのちにいたる食物のために」
尾関祐子
JCFN北米主事
 
 私とJCFNとの関わりはその昔、1997年1月にさかのぼります。当時JCFN本部のあったコロラド州デンバーに語学留学生としてやってきて、そこでJCFNの働きと出会いました。神学校に入った初めての冬、記念すべき第一回目イクイッパーカンファレンス97に参加する特権にあずかり、98年の夏にJCFNのインターンをさせていただき、EC99で、JCFNの主事になる決心をし、それから約16年JCFNの主事として奉仕させていただいています。
 
 私のJCFNへの召しは、5つのパンと2つの魚の箇所から与えられました。それは、たとえ自分が持っているものが小さくても、イエス様の手に差し出すとき、5000人もの人を養うほどの大きな御業を見せてくださる、という確信です。アメリカで多くの救われる日本人に接し、ECなどの修養会で日本人クリスチャンが一同に会し共に主を礼拝する事を見る経験は、自分にとってはまさに5000人への給食の幻を見るようなときでした。イエス様を海外で信じた多くの若者達が日本に宣教の為に遣わされていく、その姿を見ながら、神様はこの人達を用いて、日本でもこの恵みを何倍にも増やして下さるだろう。私はそれが見たいです。どうか、この小さな者の持てる小さなパンと魚を用いてください、という祈りを捧げました。
 
 しかし、サポートレイズのために帰国してから約1年半、日本で見た現実は、小さな増えないままのパンと魚でした。もちろん、元気に日本で証をしている帰国者達にも多く出会いました。しかし、日本社会と家族との関係の中で、ある者は教会に行く事をやめ、また、クリスチャンとしての生活も危うい、救いの確信さえ揺らいでしまっているような帰国者達と話しながら、「神様、彼らはどうしてこんなに弱ってしまっているのでしょう。やはり統計が示すように多くの帰国者たちは、クリスチャンであることをやめてしまうのでしょうか?」と悲しくなってしまう事もしばしばありました。

 そんな中で与えられた御言葉は、
 
「まことに、まことに、あなたがたに告げます。あなたがたがわたしを捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからです。なくなる食物のためではなく、いつまでも保ち、永遠のいのちに至る食物の為に働きなさい。」(ヨハネ6:26〜27)
 
 という箇所でした。
 
 私は「増えたパンによる満腹」と「イエス様ご自身」のどちらを求めているのだろうか、と深く心を探られました。表面的に見えることはどうであれ、神様は、そのみことばによって帰国者一人一人を生かすことができるのです。それを信じ、そのみことばを自分は伝えていく者になればよいのです。そのように語られる中で、私はこのJCFNの働きをスタートすることになりました。
 
 はじめの7年間、結婚するまでの間は目まぐるしく、忙しくも充実した生活を送りました。毎日朝から晩まで、メールを書き、バイブルスタディをし、巡回にでかけ、修養会を準備していました。しかし、今になって振り返ってみると、神様に送り出されるときに、せっかく「なくならない食物のために働きなさい。」とみことばに語られたにも関わらず、私の心は、おなか一杯のパンと魚を知らず知らずのうちに求めていたのではないか、と思います。ミニストリーの成功や発展、いかに人の目から見て祝福された修養会を持つか、何個地域集会を増やせるか、というような成果に心が占められ、充実していたけれど、人間的な力で頑張ろうとしていたのではないかと思います。
 
 その後、2007年に結婚に導かれその1年半後に出産し、私の人生は大きな変化をとげました。今までできていたことが何一つできなくなったのです。周りが動いているのに自分が動けないフラストレーションをためながら私は「もうJCFNやめたほうがいいですか。」と何度も祈りました。神様はそのたびにはっきりした形で、「続けなさい。」と私に語りかけ、「あなたがそうおっしゃるのでしたら。」とJCFNの働きを今に至るまで続けさせていただいています。あるときのJCFN理事会で、当時の理事長の方が、「できるときに、できることを、できるだけしてくださったらそれでいいですから。」とおっしゃってくださって、そのことばに今も励まされています。
 
 ただ、自分自身の霊的成長を考えてみるとき、結婚してからの9年間、神様との関係はそれまでよりもずっと深まり、豊かなものになったと思います。生活をスローダウンさせること、自分のことよりも他の人のニーズを優先させること、手放すこと、沈黙すること、様々なことを通してイエス様に近づかせていただいています。多分、はじめの7年間より、少しはイライラしなくなり、少しは人に寛容になり、少しは自分のコントロールを手放すことができるようになったのではないかな、と思います。そのような経験の中で、2年前にC-WITという霊的形成にフォーカスしたキャンプに関わらせていただいたり、また、これまでの働きを次世代に継承していくための資料としてのワークブックやバイブルスタディテキストを作らせていただいていることも、とても感謝しています。関わる人は限られてしまっていますが、その限られた方たちと友情を深め、共に霊的に成長していきたい、また、まだイエス様を信じていない人たちにみことばを伝えていきたい、と思わされています。

 これからの25年を考えるとき、JCFNはますます私の願うところ、思うところの手を離れていろいろな形で変化していくと思います。若いスタッフが大勢立てられることも祈っています。その中で、示されているのはJCFNの友となる、ということです。JCFNの喜びをともに喜び、大変な時には祈り支える者になりたい、と思っています。そして、5000人の給食のようなワクワクする奇跡が見れるときはもちろん、そのような目に見える成果が見えないときにも、「なくならない食物のために働きなさい。」というイエス様の声を聞きながら、主と共に、また仲間とともに、仕えていきたいと思っています。

 
「JCFNへの召し」
後藤満喜
JCFN日本主事
 
 私は19歳の時、サンディエゴ在住の姉を訪ねて、初めてアメリカの地を踏みました。その時、神様が私をこのアメリカに導いておられるのではないかと感じたのですが、なぜ導かれているのかは分かりませんでした。そのような時、サンディエゴのある短大での留学のチャンスがあることを知り、1990年語学留学をし、1991年にその短大にて勉学を始め、1994年卒業後、一旦日本へ帰国しました。しかし、神様がアメリカの地で私のために何かを計画されておられることを祈りの内に感じました。

 4ヵ月後アメリカに再び戻り、サンディエゴにある聖書大学に入学しました。その間に、神様は、JCFNの働きに触れさせてくださり、日本人の魂、そして、帰国者に対する重荷を少しずつ与えてくださいました。1997年、夏の3ヶ月間を日本で過ごしました。その間に、クリスチャンのキャンプ場で奉仕する機会が与えられ、そこでエゼキエル書を通し主は私に語られました。

「正しい者の義はその者に帰し、悪者の悪はその者に帰する」エゼキエル書18章20b節

 この節を読んだとき、帰国者クリスチャンに対する危機を感じたのです。海外でキリストを知り、帰国するまで彼らはキリストにある素晴らしい体験をしましたが、悲しいことに、彼らのうちの多くが信仰生活を断念してしまうのです。つまり、帰国後、罪の内に歩み、彼らがクリスチャンになる以前の生活に戻ってしまうのです。一度はキリストを告白したものの、キリストを救い主、そして、主と認めない罪ある歩みに戻ることによって、彼らのその罪の行いの結果が彼らに課せられてしまうということなのです。この状況をどうにかしたいと思ったのですが、私に何が出来るのか分かりませんでした。そして、主にこのような人たちを助けるために自分自身をお用いくださいと祈りました。

 夏が終わり、再び勉学のためアメリカに戻りました。ある時、いくつかのキリスト教団体が共催して行なうある修養会のことを知り、その修養会に参加することを決めました。その修養会の共催団体の一つがJCFNでした。修養会中、JCFNがしている働きに、神様が私を導いておられることを強く感じ、修養会後、JCFNの主事たちにそのことを祈ってくれるよう頼みました。

 1998年夏、JCFN新主事として召され、サポートを募るため日本に帰国しました。その後、3年4ヶ月の間コロラド州リトルトン市のJCFN本部で働いた後、2002年8月に、西海岸地区主事としてサンディエゴに派遣されました。

 2002年10月12日、結婚。2003年8月13日、長男、恵留(める)の誕生。2005年10月2日、長女、実麗(みり)の誕生。2008年11月29日、次女、愛耶(まや)の誕生。

 アメリカ在住中、働きのため永住権申請を試みたのですが、主は、私たちの思いと違った計画を持たれていました。そして、2004年5月29日に帰国し、2005年1月には、JCFN日本事務所が置かれている東京を拠点として働きをはじめました。そして、今日に至ります。

 日本帰国後2年も経たない頃、経済的には決して楽ではないところと通されていました。そのような私達家族に、新たな働きを主は備えていてくださいました。もちろんJCFNの働きを続けながらできる働きでした。それが、東京ティラナスホールという、東京に大学進学で出てきたクリスチャン大学生が共同生活をしながら訓練を受けていくという、その当時でもうすでに創立50年を迎える歴史のある寮の働きでした。

 一体JCFNとなんの繋がりがあり、どのような広がりを見せてくれるのか全く未知でした。その働きにつき10年たった今、主のご計画の不思議さと素晴らしさを経験させられています。2006年4月より東京ティラナスホールの働きに着いた時に、初めて関わった学生の一人が、この年末に行われるecの実行委員メンバーとして加わっているのです。そればかりでなく、日本での働きにも寮の卒業生が関わってくれるようになっていたり、今回のecに参加したいという学生がいたりと、私が想像もしていなかったことを主は成してくださっています。

 私たちは夢を持ち、ビジョンを持ち、歩んでいきます。しかし、それらを遥かに超えたところに主のご計画が在り、その計画を成し遂げてくださる主がおられるのです。これから、私の進む道がどのようなところに導かれているのか、さっぱりわかりません。しかし、私の思いを遥かに超えるところで主のご計画があることを信じ、主に信頼して歩んでいきたいと願っています。

Iコリント2:9 まさしく、聖書に書いてあるとおりです。「目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、そして、人の心に思い浮かんだことのないもの。神を愛する者のために、神の備えてくださったものは、みなそうである。」

ローマ8:28 神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。

 この2つのみ言葉を通して、クリスチャンであるわたしは、「神のご計画に従って召された」者であるがゆえに、神さまの備えてくださっているものは、私が想像もしえないようなところにあることを確信することが出来るのです。だからこそ、召された者として、「神を愛する」者として歩み続けたいと願わされています。

 
 
equipper conference2016のオンライン申し込み受付中
ec16オンライン申込み
 
新年度「年間維持会員」受付中
 
維持会員の会員任期はお申し込みの時期にかかわらず、7月〜6月になります。
今月より新しい年度が始まり、今年度の「年間維持会員」を受け付けます。
「年間維持会員」とは、維持献金(年間3,000円/30ドル)をもって、
JCFNの働きをご支援いただく会員になります。
よろしくお願いします。

 
↓↓ 維持会員登録はこちらから ↓↓
JCFN維持会員になります!
 
帰国者セミナーのビデオ(イントロ+全4回)が完成しました。ぜひ、帰国準備のためにお用いください。画像をクリックするとイントロビデオを見ることができます。セミナーのビデオ全セッションはJCFNウェブサイトからご覧いただけます。
 
主の御名を賛美します。

先月に引き続き、6月の月報では「日本の教会に備える」シリーズ第2弾をお届けします。

 
日本の教会に備えるシリーズ②
「日本の教会の歴史と背景を知る。」
鈴木 茂
仙台聖書バプテスト教会牧師

『日本の教会の歴史と流れ』

 日本の教会の歴史の大まかな流れを少し見てみましょう。1549年にザビエルが宣教のために来日しました。ザビエルは、イエズス会の本部から優れた人材を日本に派遣するように要請され、多くの宣教師が送り込まれてきました。それによって、キリスト者の人口は増えました。

 最初はキリスト教に対してわりと穏健な立場をとっていた豊臣秀吉も1596年頃からキリスト教に対する態度が変わり、当時のフランシスコ会に属する宣教師たちを徹底的に迫害するようになりました。数多くの殉教者たちが信仰のゆえに血を流した歴史が、日本にも存在します。キリストを信頼する信仰によっていのちを捨てた人々が日本の歴史に実際に存在したと知ることは、今の私たちにとって大切なことだと思います。

 プロテスタントの影響は、1859年に始まりました。特に知られているのは、ヘボンと呼ばれたアメリカの長老会のジェームズ・カーティス・ヘップバーン宣教師の来日です。当時来日した宣教師たちを通して、教育機関なども発展し、福音が社会の中で開花するようになりました。

 また、神は戦後北アメリカやヨーロッパから多くの宣教師たちを遣わし、日本各地において宣教のわざを始められ、数多くの教会を生み出されました。現在の日本の教会の背景には、長い歴史の流れの中での神の働きと、神と共に仕えてこられた働き人や兄弟姉妹たちの祈りと労苦があります。今教会が生かされている、ということの背景には必ず信仰による労苦、犠牲が積み重ねられてきた歴史があるからだと思います。


『なぜ教団教派がたくさんあるのだろうか』

 現在日本には、160以上の教派があると言われています。なぜ、同じキリストを救い主として信じて救われているのに、多くの教団や教派が実際に存在しているのでしょうか。

 私たちはまず真の教会、即ち、キリストのからだは一つであることを認める必要があります。救い主であるキリストは、ひとつです(1コリント12)。パウロは特にキリストによって全被造物も全人類も最終的にはひとつとなることが救いの完成であると言明しています(エペソ1:10、コロサイ2:20)。何よりも重要なのが、十字架に付けられる前のキリストの大祭司としての祈りです(ヨハネ17)。その祈りの中心は、父と子であるキリストがひとつであるように、私たちも一つであるように、ということです(ヨハネ17:21)。 

 私たちは皆聖霊によってキリストに預かるバプテスマによってキリストのからだ、即ち、教会となります。

 しかし、地上においては様々な教団教派が確かに存在しています。歴史的に見てみると、このような枝分かれは、聖書解釈の違い、強調点の違いなどから生み出されています。また、地上に存在している限り、私たちはみな未完成ですから、様々な間違いを犯したり、また高慢さゆえに互いに対立してしまうこともあります。優れた働き人であったパウロとバルナバでさえも意見の対立で別行動を取ることになりました。しかし、神の働きは彼らを通して継続され、最終的には彼らも主にあって和解するようになりました。実際に人間としての弱さゆえに、時には主にあって実際はつながっていても別の教団や教派として主のわざに各々が仕え続けることも必要だと思います。大きな御手の中で、主は同じ主を救い主として崇め、信頼し、主のわざに仕えている教団教派の働きを必ず主のひとつの方向へと導いて下さると思います。

 このようなことに触れつつも、私たちはお互いに霊的にも、人間的にも成熟して、お互いに理解する心を持つ必要があると思います。偏見をもって他教団や教派を見るのではなく、彼らからも学ぶ姿勢が大切ではないでしょうか。また、真摯に聖書解釈や理解の違いを語り合い、神の教えに対する関心や理解を深め続けていくことが大切だと思います。

 たとえば、私は幼児洗礼を授けることはしませんが、幼児洗礼を授ける教会や、またこの儀式の大切さを語られる方々の説明を聞いたことがあります。理解できることもたくさんありました。彼らの説明を聴くことによって、目が開かれた部分もあります。

 大切なことは、キリストにあって救われるために絶対的に必要な真理の理解があります。たとえば、神が三位一体であること、キリストが神であり人となられて私たちの罪のために十字架で死なれ、3日目に復活されたこと、また私たちはキリストを信じる信仰によってのみ救われるのであって、行いによってではないことです。基本教理と認識されていることに関しては、一致している必要があります。教団教派の違いがあっても、基本教理に関しては、全く同じ土台です。この点はとても重要です。

 
鈴木 茂(すずきしげる)
徳島県に生まれる。高校時代には軟式野球に打ち込む。オレゴン州ポートランド市にあるLewis & Clark Collegeに入学。入学後数ヶ月間の間にクリスチャンたちの温かい交わりの中でイエス・キリストを救い主として受け入れる。アイダホ州ポカテロ市にあるIdaho State Universityに編入する。そこでいい教会とキャンパスクルセードとの出会いがあり、神学校に行く決心をする。オレゴン州ポートランド市にあるWestern Conservative Baptist Seminaryに入学。そこで1年先に入学していた妻(敦子)と出会い、結婚に導かれる。(1男2女)1992年に帰国し、仙台市にあるバプテスト神学校で教師としての働きを始める。1994年に現在も牧会させて頂いている仙台聖書バプテスト教会の牧師として就任。趣味は汗を流すこと。野鳥や草花の写真を取ること。
 
HC2016申込はこちら
 
新年度「年間維持会員」受付中
 
維持会員の会員任期はお申し込みの時期にかかわらず、7月〜6月になります。
来月より始まります新しい年度の「年間維持会員」を受け付けます。
「年間維持会員」とは、維持献金(年間3,000円/30ドル)をもって、
JCFNの働きをご支援いただく会員になります。
よろしくお願いします。

 
↓↓ 維持会員登録はこちらから ↓↓
JCFN維持会員になります!
 
帰国者セミナーのビデオ(イントロ+全4回)が完成しました。ぜひ、帰国準備のためにお用いください。画像をクリックするとイントロビデオを見ることができます。セミナーのビデオ全セッションはJCFNウェブサイトからご覧いただけます。